アスペルガーのメソッド

Methods of Asperger

大和君の行動にいちいち共感するアスペルガーのおじさん

海外に住んでいますが、日本のニュースはYahoo!ニュースやNHKで見ています。当然、大和くんのニュースも入ってきたわけです。助かって良かったですね。本人は、小屋で生活できると思ったことでしょうが。さて、このニュース、アスペルガーのおじさんは、大和君の行動にいちいち共感してしまったので、いまさらですが記事にしてみようと思います。

ところで、この記事は、大和君が発達障害だとか、アスペルガー症候群だとか言いたいのではありません。アスペルガー症候群のわたしにとって、大和君の行動はいろいろな点で共感できるところが多いなと思ったという内容の記事です。あしからず。

こんにちは、大人のアスペルガーのよしまるです。

叱ってはいけない。家に帰って教え諭すこと。

石とかレンガとか色んなものを投げた子ども時代。

わたしも公園でなくとも、駐車場とか、校庭とかで色んなものを投げました。遊びでなくとも、親の説教にキレたり、意味もなく色んなものを投げた記憶があります。ただ好奇心で人に石を当てて、その反応を見てみたくて、石を投げたこともあります。もっとも、普通の子でも男の子ならそういうことをしていた時代でした。

行為と説教を紐付けられなくなってしまう。

今の子はあまりしないのでしょうか。もちろん、親にはひどく怒られました。ただ、もし子どもがアスペルガーならひどく怒っても効果はゼロ。むしろマイナスだと思います。感情的に怒られるのとそのインパクトが大きすぎて、行為と説教を紐付けて考えることができなくなってしまうのです。

行為と結果をロジカルに、そしてリアルに教える。

アスペルガーの子どもに対しては、こういう時はロジカルに教えるべきです。行動の結果を出来る限りリアルに、静かに教えることです。「クルマにキズやヘコみをつけたら器物損壊罪で補導、民事でクルマの弁償、賠償」、「人にぶつけたら傷害罪、民事で賠償」。「多額の賠償のために破産をし、一家が離散。借金を抱え、食うものに困る生活になる」。「少年院とはどういうところか。相手が死んだり、失明などした場合、一生償う必要があること」。「大切な人を失った方のインタビュー、少年院の様子や刑務所の様子を扱ったドキュメンタリー番組などを見せる」などが効果的だと思います。

やってはいけないことを繰り返し唱和させる。

再犯しそうな場合には、「家中に『他人を傷つけたり、他人の物を壊すことは犯罪である』という紙を貼り、一日100回くらい唱和させる」のが効果的だと思います。もっとも「石を投げてはいけない」とまでやってもいいのですが、「石を川に向かって投げる人」を見て義憤に燃えてしまう可能性もありますので、注意が必要です。アスペルガーの子どもを教えるのはなかなか大変です。

無茶な罰ほど、危険な目に合わせる。

親:「そんな悪い子は歩いて帰りなさい」 子ども:「はい」

さて、経験からすると、親はクルマの中でも説教を続けます。親はしつこいんです。もう分かったのに、すぐ忘れてまたやってしまうものですから、念を押すわけです。はっきり言ってアスペルガーの子どもなら、ただ感情的に説教しても効き目がありません。かえって逆上するだけだと思います。クルマの持ち主がかわいそうとか情に訴えても意味がないことが多いでしょう。クルマを所有した経験がないので屁理屈を言うだけだと思います。そうすると親は完全にキレます。「そんな悪い子は、クルマから降りて歩いて帰りなさい」。そしてアスペルガーの子どもなら、素直に「はい」と言うでしょう。

10キロくらい余裕。

アスペルガーの子どもなら、はっきり言って意味のないしつけです。わたしの親は、何度かこの方法でわたしに罰を与えました。子どものわたしにとって、意味のないしつけだったことは言うまでもありません。10キロくらい余裕です。てくてくと歩くと気持ちが良い。あるときは、14時頃クルマから降りて、日が沈むまで水も飲まず歩き続け、国道沿いの町工場に明かりが灯っていたので「どっちに行ったら〇〇市ですか?」と聞いてびっくり、保護されたことがありました。小学1年生くらいだったかなぁ。懐かしい。そんなことが何度かあって、世間に迷惑をかけることを知ったわたしの親は考えました。「パンツ一枚で、すべて置いて歩いて帰りなさい」。「はい」。慌てた親を今でも覚えています。言われたことに対し、驚くほど素直に応じるアスペルガー。無茶な罰ほど、子どもを危険な目に合わせるだけなのです。

行為と罰を別個のものとして捉えてしまう傾向がある。

普通の子どもなら、歩いて帰れと言われたら「嫌だ、ごめんなさい」と言うわけです。しかし、アスペルガー症候群の場合シングルレイヤーという特性があり、自分の行為と罰を瞬時に重ね合わせるのが非常に困難なことが多いのです。ですから、その場で叱りつけるより、自宅に戻って、落ち着いた雰囲気で教えるのが効果的でしょう。

「許す」と言った大和君に自分を重ね合わせる。

許してと言ってきたから、許してあげるに決まっている。

お父さんが「つらい思いをさせてごめん」と繰り返し謝ると「お父さん優しいから、許すよ」と言った大和君。うちの奥さんは「え〜!それは違うでしょう」と言いましたが、「え〜!そりゃそうでしょう」と返したわたし。そうなんですね。普通の感覚では、「ごめん」と言われたら「ぼくのほうが悪い、ごめんなさい」なんですね。こんな目に合わせておいて、普通の感覚では暗に子どもに反省をちらつかせている。定型の社会は本当に疲れると感じたアスペルガーの方も多いのではないでしょうか。

定型の社会では「ごめん」は「謝れ」を意味している。

確かにそうですね。定型発達者の社会では大抵の場合「ごめんね」は「おまえもごめんと言え」ですから。親は「『ごめんなさい』と言われたら『こちらも、ごめんなさい』と言いなさい」と教える。こういうことを学習していくと、アスペルガーであっても、本音と建前の難しい社会生活になんとか対応していけるようになるのです。そう考えると、アスペルガーの子どもは、人一倍痛い目に合い、普通の人のしない経験をたくさんし、たくましい大人になっていくのだなぁと思います。

何度も言いますが、大和君が発達障害だとか、アスペルガー症候群だとか言いたいのではありません。アスペルガー症候群のわたしにとって、大和君の行動はいろいろな点で共感できるところが多いなと思ったという内容の記事です。あしからず。

読んでくださり、ありがとうございました。

<追記>

ダンスや野球、サッカーも得意で体力があり余っている感じ。また、できる子の答案の名前だけ消して自分の名前を書いて提出しちゃうような“ちゃっかり屋”だけど、思わぬ方法で高得点を取る発想力もある 出典:東スポ【北海道・置き去り】大和くん奇跡の生還生んだ体力と知力

ダンスや野球は下手っぴでしたが(かけっこは速かった)、体力が有り余ってると言われたことや、テストのエピソードもそっくりなのは、笑いました。わたしも小学2年の時に、テストが全然ダメだったので、とっさに友だちの名前を書いて出しました。わたしの答案がなくて、友だちの答案は2枚ある。しかも字が違う。クラスの前でされされて、すごく怒られたのでよく覚えています。子どもは、誰もがウソをつくのですが、ウソが独創的すぎてバレバレというのがわたしの特徴でした。ノスタルジアだなぁ。

真っ先に読むアスペルガー症候群の本―いじめられない、仲間はずれにされない子に育てる

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