アスペルガーのメソッド

Methods of Asperger

普通になることは幸せなことなのか。ADHDとアスペルガーが寛解した今、改めて考えてみること。

-personalità..

自分の精神は、
アスペルガー氏とADHD氏がすべてだった。
大人になるまで、ずっと。

アスペルガー氏とADHD氏。

それは、ジキル氏とハイド氏、
中井貴一とりゅうちぇるくらいに違うキャラ。

本当の自分はどっちなんだろうか。

あるときは、
ブルックス・ブラザーズの売り子のように整って、

あるときは、
蛍光色やらボーダーやらサルエルやら、モードな世界へ飛んで行く。

あるときは、
髪を七三に分けたり、

あるときは、
髪を銀色に染めたり、坊主にしてみたりする。

アスペルガーの自分とADHDの自分がいて、
いったい自分は二重人格なのかしらんと思った。

本当に辛かった。
普通の人になりたかった。
普通の人に憧れた。

田舎だったので、周りも
こいつは、手の施しようのないアホだと思っていた。



ある日、東京から来た人に才能を見出される。
田舎ではアホ。東京では、それをアイデアと呼ぶらしい。
クリエイターとして下積みをはじめる。
両手を拡げて歓迎されるようになった。

一方で、衝突ばかり。
いいもの作るけど、衝突も多くて、
それでは、もっと先には進めない。

しばらくして、
メチルフェニデート氏が紹介された。
最近の別名はコンサータ。

すると、アスペルガー氏もADHD氏も静かになった。

どんどん普通の人になっていく。

行動療法、サプリメント、カウンセリング…

もう、普通の人にしか見られない。やったー!

作品が次々と評価され、
クライアントが増え、
なんか、どんどんいいことが続く。

個性が、
クライアントのニーズに
着地するようになったのだ。
衝突も、もうない。

みんなハッピー!?

あれよあれよと独立し、
東京の真ん中で颯爽とクリエイティブ。

これってバブル?

次第にクライアントのニーズに応える
お利口なものばかり作って、
あの頃のような、
アホで誰もがビックリするようなものは
作らなくなっていった。

正確に言うと、作らないのではなく、作れない。
メチルフェニデート氏が、
お利口さんに行動するよう強く命令するのだ。

「普通が一番! 普通が最高!」

メチルフェニデート氏は
アスペルガーのこだわりや、
ADHDの奔放さなんかをすっかり拭い去った。
面白くない人だけど、衝突もない。
みんなが納得するものを作って、ハッピーならそれでいい。
ぼくは、傍目には中庸な、あこがれの「普通の人」なのだから。

 

 

…と、そんなある日、妻が言った。

「昔のほうが、明るくて、バカみたいで楽しかった」。

 

 

ふと、自分がつまらない人間に思えてきた。

そんなとき、メチルフェニデート氏の影から
ADHD氏やアスペルガー氏がひょこっと顔を出して言った。

 

「たまには普通の人をやめて、旅に出てみたら?」。

  

たまには、彼らの言うことを聞くことにした。
事務所を畳んで、海外で暮らすことにした。
周りはびっくりして、口をポカーンと開けていたけど。

最初は1年のつもりだったけど、
居心地もいいので、2年、3年、4年…

もちろん今でもメチルフェニデート氏は、
二人をしっかり見張っている。

いま、ぼくは、
子どもの頃から憧れていた「普通の人」。

でも、本当にこれで良かったんだろうか。

ときどき、ふとしたことから
そんなことを考えたりする。